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          SIAモンゴル文化交流の旅2008

      MONGOLIA マッシ、バイラルラー 

■日程:2008年7月28日〜8月4日(7泊8日)
■行程:成田→ウランバートル→ハラホリン(カラコルム)
    →ツエンヘル→ブルド→ウランバートル→成田
■目的:モンゴルで沢山の人々に出会い、文化と出会い、歴史に学び、自然を体感する。
■参加者:15名

   

<7/28>
●出発


成田空港出発ロビーにて
 日本各地から最高気温の更新が報道された。「SIAモンゴル文化交流ツアー」は、蒸暑い日本からの脱出だ。参加者は個性あふれるシニア15名。昨年夏お会いしたZURUちゃん、ZAYAちゃん、UNDORAMAさんに会いたい! 成田では、横綱たちが我々と同便で帰国するらしいとのニュースに湧き立った。旅の1ページは、前日の千秋楽で優勝を果たした白鴎との握手と記念写真で飾られた。こうして、ウランバートルへは、モンゴル国の英雄たちと一緒にお国入りすることとなった。」(C.Yさん記)
 というわけで、私たちとモンゴルのVIP達を乗せた飛行機は、ジンギスハーン空港へ滑るごとく到着。いよいよモンゴルの地での旅の始まり!

<7/29>
●ウランバートル


クレーン
ウランバートルは目下建設ラッシュ。クレーンが天に伸び、右肩上がりの経済成長中とのこと。ゲル住まいだった遊牧民もゲルをたたみ、大都会ウランバートルに流れ込んで、家と土地の確保を目指しているとか。国の半分の人口はウランバートルに集中! 建設の槌音が聞こえてきそうなウランバートルの朝。
「メイン道路は舗装されていて,乗用車(日本の中古車が多い)が主で、クラクションがけたたましい。アジアの発展途上の国は,まずオートバイがあふれるほど走っているが,ここでは自動車が主で,オートバイはほとんど見かけない。お世話になったITO先生の話では,モンゴル人は誇りが高く、オートバイより乗用車を望むのではないかとおっしゃっていた。郊外はなだらかな丘陵になっていて,日本で言えば高級住宅地になりそうである。もう一方は,遊牧民が移り住んできた地域で,ゲルでの生活様式をそのまま持ち込んでいるように見えた。」(S.T.さん ウランバートル考)

●ザイサン丘


ウランバートルの街を望む

ゲルも見える郊外風景

ホーミーを歌うモンゴルの男性
出発前、ザイサンの丘に正調ホーミーを歌う男性がいるとの情報を得ていました。嬉しい出会いに感激。お母さんにならったという見事なホーミーでした。赤とんぼを歌ってくださった。感謝。

●大学訪問


理事長先生方

大学の教室
迎えてくださった理事長先生方にお土産をお渡しし歓談。モンゴル流の歓迎にウオッカを出してくださった。美味しい!ウイッ! あいにく夏休み。学生さん達にはあえなかったのが残念。大学から記念にモンゴルの油絵(オリジナル)を頂いた。温かい歓迎に感謝。昨年の相模原での交流の写真がデイスプレイされていた。感激でした!

ホームビジット

<ZAYAちゃん宅>
3歳のお嬢さんも馬乳酒を一気飲み!すごい。オ肌が奇麗なわけです。


ウランバートルの典型的な集合住宅

<ZURUちゃん宅>
ゲル生活からウランバートルへ移ってきたZURUちゃん一家。
未だゲルの生活文化そのままにくらしている。庭に馬、牛がいて、歓迎してくれた。


ZURUちゃん宅の庭

ZURUちゃん宅

「大学訪問後は二家族での精一杯の歓待が私共を包み込んだ。食卓には伝統のもてなしの料理が次々に並び、少ない食器も大家族全員の手際で湯飲みになったり、スープ椀になったりする。親族の感謝の気持が途切れを知らない料理にたっぷりと込められていた。食べ方を伝授されての挑戦に、口の中に弾ける初めての香り、肉汁。どれも手間隙掛けて用意されたものばかりで、食しながら目が潤む。モンゴルの母親は逞しかった。日焼けた太い腕で、乾燥させた家畜の糞を調理竈に放り込んでいく。私は思い切り彼女等の家族を撮りまくった。飛び切りの笑顔に溢れんばかりの家族愛が記録される事を祈りつつ。これらの写真が各々の家族に届く時、私の心からのお土産の包みが開くことになる。N.M.さん記)
モンゴルの家庭の歓待料理、、、塩味のきいたミルク、大きな器での馬乳酒の回しで歓待はスタート。乾燥チーズ、乾燥ヨーグルト、モンゴルギョウザ、ポー、チャンスン、マハ(塩ゆで肉)、肉ウドン、揚げパン、チョコレート、葡萄、乾燥キーウイ、サラミ、ジャガイモサラダなどなど、、、。 感謝、感謝、マッシ・バイラルラー。(モンゴル語;本当にありがとう)

<7/30> 
●ハラホリン(カラコルム)へ
「旅の3日目。いよいよ憧れの大草原へ360キロの旅の始まりです。涼しい朝風も気持ちよく、期待に胸膨らませて、市中を抜けると早やなだらかな緑の丘陵の彼方此方に羊の群れ、白いゲル。乾いた草原に幾筋もの轍の跡が道になった凸凹道路は、車の後に巻き上げる土煙がもの凄い、、、がそれも広大な草原の優しい風景に許される。途中何回か休憩して一斉に窪みや薮に突進して、花摘み(?!?!)。男性は馬見!(つまりトイレです)。此れも慣れてくると足下のカミツレやラベンダー等の香草、可憐なマツムシソウ、キンポウゲ等の花々が見えてきて,結構快適(?)になってくるようです!!T.Y.さん記)
草原はゴルフ場のフェアーウエイの超拡大版、ゴルファーなら白球を打ち込みたくなる。車窓から入る風も爽快、ランラン気分。突如、幹道の舗装が寸断、車は側道に入る。自然発生的に出来た側道は左右に数車線、どれを選ぶかはドライバーの専権事項。土埃を巻き上げ上下左右に容赦なく車体を振る。シートベルトも手摺もクーラーもない。窓を開けば土埃で呼吸困難。激震から身を護る術は手足のツッパリのみ。平原の景観よりも側道の直前が氣になる。 心待ちの高原でのピクニック弁当、降り立った場所が悪く虫達の急襲、やむなく車内に退散、執拗な無数のショジョ蝿もどきが乱入。涙する女性も・・忍耐走行11時間余。 草原の破壊者は家畜ではなく、モンゴルまで制覇している日本車かも。」S.Y.さん記)


ひたすら広い草原

休憩もトイレも草

の上


ガソリンスタンド

草原のガソリンスタンドは,草原にすっくと立っている。ここでもガソリンは高い!今年は雨が多いというけれど,ここの草原の大地は乾燥している。人口300万、家畜の数はその100倍とのこと。動物達の胃袋のすごさが草の伸び具合に関係するのでしょう。車の轍も一因との感想も!


草原の花々は矮性

で可憐

●ハラホリン
私たち15名とガイドさん、運転手さん、案内のITO教授、UNDORAMAさんを詰め込んだ韓国製20人乗りの中古マイクロバスは草原のオフ、ロードを直走る。夕方6時にシルクロードのかつての国際都市ハラホリン(カラコルム)に到着。

●エルデニ、ゾー寺院 (世界遺産)



亀石

青布

モンゴル最大の仏教寺院。ジンギスハーンの息子オゴタイ、ハーン宮殿跡もすぐ近くにある。かつてシルクロードが誇る国際的商都の繁栄が偲ばれる。あくまで青い空。民族の正装で訪れる敬虔なモンゴル仏教徒の人々、、、。モンゴルの人々にとって畏敬の念を表わす青い色の布が,あちらにもこちらにも見える。しばし、壮大な歴史の中に身をおく私たちでした。

●カラコルム、ツーリストキャンプ
初めてのゲル体験。草原の日が暮れる。やがて雲はとれ満天の星空。全身が天に吸い込まれる。宇宙の厚みが見える! 叫びたいけれど声にならない!!!

<7/31>

●モンゴル草原を走る!  ツエンヘルへ
カラコルム、ツーリストキャンプから、更にモンゴルの奥地へと走る。バスは時に道無き草原を走り、橋無き川を渡る。時々モンゴル人の運転手さんは,放牧の家畜を追う馬上の土地の人に,方向を訪ねる。「あっちの方」と指差す方向に、草原を走り続けるバス。THIS IS MONGOLIA !  バスの後ろ座席の仲間が50cmジャンプ。バスが20度右に左に傾く。空と草原以外に何も見えない世界を走り続けて,ついにツエンヘル温泉 ツーリストキャンプに到着。モンゴルで二番目に豊かな温泉郷。ここは、花々に抱かれた美しい桃源郷とみた。

近くのゲル民家を訪問し乗馬体験や馬乳酒を楽しみ交流
私の馬は今日は誰も乗せたくないと言っているように,頭を振り振り、落ち着きません。思わず,大丈夫かしらと言ったら、後ろでITO先生が大丈夫ですよと言って、馬に乗せてくれました。今度は,足が届かないと言ったら,お兄さんがあぶみを短くしてくれました。歩き出すと甘えん坊の馬はお母さんの横にくっついて歩くので,私の足は母馬のお腹やお尻を触るので,母馬が怒りだすのではないかとハラハラしました。すると母馬は、「甘えん坊の子でごめんね」と言っているかのように,振り返り振り返り私を見ました。「いえいえ私が初めての乗馬でごめんね」といって、お鼻をなぜてあげました。「前につんのめりそうです」と言ったら,ITO先生が「大丈夫、お腹を出して、背中を真直ぐにしていたらいいですよ」 と、教えてくれました。小川を渡り、坂を登り、坂を下り、帰り着きました。ありがとうといったら、手綱を引いてくれたお兄さんは、少してれくさそうに上目遣いで私を見ました。(S.Sさん記)

夜のゲル、、、オランダから訪れたご夫婦と交流。

ツエンヘル温泉地で、オランダからの夫婦と知り合った。広めのゲルに集合。自分用のコップとつまみ、酒を持参。英語の出来る人は談笑。出来ない人は記念の鶴を折り、プレゼント。私は会話が広がると思い、エトのネズミを折った。9時からキャンプファイヤーが始まり、見物に出かけた。オランダ人の婦人から、「ネズミの折り方を教えてほしい」と頼まれたが,折り紙初めての人に、短期間では無理とお断りする。残念!  (K.O,さん記)
キャンプファイヤーで炭坑節を披露。キャンプで働く若いモンゴルの学生さん達も一緒に踊った。優しい交流の輪が広がったツエンヘル温泉郷の夜。

<8/1>
●再び草原を走る  カラコルム経由ブルドキャンプ地
昨日来た草原を別のルートで再びカラコルムに向けて走る。ひたすら走る。


バスは川を渡る。もちろん橋はない。無事通過!拍手!
湖のほとりで休憩。遠くゲルが見える。ヤク、羊、馬、山羊が広大な草原レストランで朝のお食事中だった。バスはようやく簡易舗装らしき道を走り始めた。中古とはいえ、バスのたくましい走りと運転手さんの見事な腕に脱帽、、、と思いきや、、、。トラブル発生!!!「ガガガガ ギギギ、、、、」と音がして、バスが急停車する。道無き草原上ではないけれど、まだまだ続く厳しい道のり。時たま車が鋭く警笛を鳴らして通り過ぎていく。エンジンが故障したそうな。奮闘する運転手さん。成すすべも無い私たち。さて、ここで野宿か? 其の時、救世主が現われました。きっと、エルデニ、ゾー寺院でお賽銭をあげた善男善女がいたのです! 中型バスに8人だけ乗ったUSAからやってきたという旅行者の皆さん。彼らのバスがご親切に,我々を拾ってくださったのです。バスは快適クーラー付き。この親切に感謝。この優しさに感激。お邪魔虫の私たち、、、でも交流実践はお手のもののSIA.です。
「手持ちの御菓子と缶詰をプレゼントする。YAGIさんに折り紙を確かめると、まだあるという。手分けして8人分の鶴を折る。揺れるバスのなか。目の前で折られていく鶴。英語のメッセージを翼に書いて渡す。私たちの感謝の気持を伝えたかった。ひとりで2つの席をゆっくりと使って旅をしていたアメリカ人の皆さんは,前の方に座り、後ろ座席と補助席に残り18名の東洋人と荷物を乗せてキャンプ地まで遠回りしてくださった。英語の会話も弾み、気まずい雰囲気がながれることもなく、目的地に到着した。感謝!」(K.O.さん記)
聞けばオバマを支持する民主党員のみなさんとか。健闘を祈ります!

●ブルドキャンプ
ジンギスハーン最後の戦場となったと言われる草原が眼前から遥か彼方まで広がる。背後はアパッチが馬で走る抜けていく光景を想像しそうな岩山。ここを要塞にして闘ったのだろうと,しばしモンゴル史を思う。ここの夜空もまた言葉を失うすごさだ。人生で二度と出会えないかもしれない夜空!いつまでもいつまでも草原に寝て,天を仰ぐ。 ほろ酔いの仲間が加わる。宇宙に乾杯。この旅に乾杯。

<8/2>
●ウランバートルへ
エンジントラブルのバスに代わって,新たなバスがウランバートルから到着。かくしてまたウランバートルへ。再び、砂塵まう草原のオフ、ロードの旅が始まった。午前9時発。午後4時過ぎウランバートル着。くたくた!  しかし、ホテルで一風呂浴びて、ロシア料理へ。身も心も胃袋もたくましシニア達です!

<8/3>
●ウランバートルの最終日  日本人墓地

ウランバートル郊外丘陵地に建てられた慰霊碑を訪れた。モノンハン事件の犠牲者、第二次世界大戦でソ連軍の捕虜となり、この地に抑留されて日本を思いながら亡くなられた日本人兵士達の慰霊碑と記念塔である。故郷の家族に宛てた遺言書も展示されていて、その望郷の念を思うと込み上げるものがあった。全員で「春のうららの隅田川」を合唱して捧げた。合掌。((S.T.さん記)


墓地脇に咲く野の

●バザール ウランバートルの台所

ウランバートルの人々の胃袋の中身が見える。食への関心はだれでも一緒です。思わずモンゴルの塩や薫製チーズやジャムやキャビヤを買い込んで、帰りの荷物の重量が気になります。しかし,ままよ、と買い込み、モンゴルを堪能!

●モンゴル民族舞踊
この旅の最大の楽しみの一つであったホーミーと馬頭琴。それに高くて澄んだ美しい声で浪々と謡われる民謡、多民族が混ざり合う草原で生まれ洗練された舞踊の数々。これも堪能。

<8/4>
●帰国:旅の終了
人生を懸命に生きてきた実践力あふれる、豊かな個性と感性をもった、大人の仲間たちと楽しんだモンゴルへの旅は終了。モンゴルに感謝、お世話になったモンゴルの皆様に感謝、エンストして途方に暮れていた我々を拾ってくださったUSAからの旅人達に感謝、素敵な仲間達に感謝。支えてくれたSIAの仲間達に感謝! マッシ、バイラルラー! (E.T.記)